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非ユークリッド幾何学

検索してみるとEXACT-SCIENCEというブランドだか何だかがあるみたいだが、私はそれについてはよく知らない。でも、私のやりたいのは、きっと、人文系のイグザクト・サイエンスをつくることである。みんな、つい言い過ぎてしまって、過剰に同一性を仮定してしまって、モノローグの自家中毒になってしまっているような気がする。うまい具合にブレーキがひけないものかしら。

飽きもせず10年くらい同じことを考え続けている。それでもまったく焦らないのは私の資質と言えるかもしれない。


2007年10月31日のmixi日記は『幾何学史の精神分析』というタイトルだった。ちょっと補足しつつ引用する。

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月曜日の通勤中に、ふとエッセイのネタを思いついた。平行線公準。ユークリッド幾何学から非ユークリッド幾何学が生まれ、自らの親であるところのユークリッド幾何学を相対化し、両者をリーマン幾何学が統合してしまう歴史を、非ユークリッド幾何学がそのエディプス・コンプレックスを超克する過程と捉えたらどうか。と、そういうアイデアである。

歴史の解釈に精神分析を応用するというのは決して私の独創ではない。岸田秀というおじさんが、たとえば日米問題、日韓問題などを取り上げ分析してみせていた。その真似をするといえば、そうなのだが、たぶん目的が少し違う。扱う対象についても、岸田秀のように国(人の集団)を精神分析するというならまだ理解できるかもしれないのだが、数学体系を擬人化して私はいったい何をしようというのだろうか。

直接は関係ないのだが、これがきちんと書けたなら、いま構想している本のヒントにもなってくれるのではないかと思う。

今日の日記が意味不明であれば、それは私の説明不足のせいです。単に書きたかったのです。ごめんなさい。

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ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学は論理的には等価かもしれないのだが、非ユークリッド幾何学がユークリッド幾何学に先行することは、おそらく歴史的にあり得なかった。そして、ユークリッド幾何学とまるで違う、まったく異次元の体系として、非ユークリッド幾何学がいきなり無から生じた訳でもない。

じつは、ユークリッド幾何学の体系内で、非ユークリッド幾何学のモデルを構築できる。こういうのは、数学でよくやる手だ。知っているものを使って、よく知らないものをうまいこと作ってしまうのだ。無理数はデデキントの切断で正当化されたし、複素数だって、2×2行列を使ってモデル化することができる。モデル化は対象の実在性を問う不毛な議論に幕を引くものだった。

数学史家に言わせればちょっと違うのかもしれないけれど、そんなふうに、私は勝手に思い込んでいる。

何も先をあせることはない。体系の中にいながら、体系の外を書けるということ。これはひとつの希望である。


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