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2009年10月 の記事一覧

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非ユークリッド幾何学

検索してみるとEXACT-SCIENCEというブランドだか何だかがあるみたいだが、私はそれについてはよく知らない。でも、私のやりたいのは、きっと、人文系のイグザクト・サイエンスをつくることである。みんな、つい言い過ぎてしまって、過剰に同一性を仮定してしまって、モノローグの自家中毒になってしまっているような気がする。うまい具合にブレーキがひけないものかしら。

飽きもせず10年くらい同じことを考え続けている。それでもまったく焦らないのは私の資質と言えるかもしれない。


2007年10月31日のmixi日記は『幾何学史の精神分析』というタイトルだった。ちょっと補足しつつ引用する。

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月曜日の通勤中に、ふとエッセイのネタを思いついた。平行線公準。ユークリッド幾何学から非ユークリッド幾何学が生まれ、自らの親であるところのユークリッド幾何学を相対化し、両者をリーマン幾何学が統合してしまう歴史を、非ユークリッド幾何学がそのエディプス・コンプレックスを超克する過程と捉えたらどうか。と、そういうアイデアである。

歴史の解釈に精神分析を応用するというのは決して私の独創ではない。岸田秀というおじさんが、たとえば日米問題、日韓問題などを取り上げ分析してみせていた。その真似をするといえば、そうなのだが、たぶん目的が少し違う。扱う対象についても、岸田秀のように国(人の集団)を精神分析するというならまだ理解できるかもしれないのだが、数学体系を擬人化して私はいったい何をしようというのだろうか。

直接は関係ないのだが、これがきちんと書けたなら、いま構想している本のヒントにもなってくれるのではないかと思う。

今日の日記が意味不明であれば、それは私の説明不足のせいです。単に書きたかったのです。ごめんなさい。

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ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学は論理的には等価かもしれないのだが、非ユークリッド幾何学がユークリッド幾何学に先行することは、おそらく歴史的にあり得なかった。そして、ユークリッド幾何学とまるで違う、まったく異次元の体系として、非ユークリッド幾何学がいきなり無から生じた訳でもない。

じつは、ユークリッド幾何学の体系内で、非ユークリッド幾何学のモデルを構築できる。こういうのは、数学でよくやる手だ。知っているものを使って、よく知らないものをうまいこと作ってしまうのだ。無理数はデデキントの切断で正当化されたし、複素数だって、2×2行列を使ってモデル化することができる。モデル化は対象の実在性を問う不毛な議論に幕を引くものだった。

数学史家に言わせればちょっと違うのかもしれないけれど、そんなふうに、私は勝手に思い込んでいる。

何も先をあせることはない。体系の中にいながら、体系の外を書けるということ。これはひとつの希望である。

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購書メモ・読書メモ 11

1 内井惣七『ダーウィンの思想 人間と動物のあいだ』
2 フランス・ドゥ・ヴァール『利己的なサル、他人を思いやるサル』
3 ゲアリー・マーカス『脳はあり合わせの材料から生まれた』
4 ジョージ・レイコフ『認知意味論』
5 山梨正明『認知構文論』
6 W.ケーラー『ゲシタルト心理学入門』
7 クロード・E. シャノン『通信の数学的理論』
8 木田元『木田元の最終講義』
9 杉山尚子『行動分析学入門』

かれこれ一ヶ月近く更新していないので、最近買った本・読んだ本の紹介でお茶をにごしたい。これ以外にも相当買い込んでいるが、一気に書くのは面倒なので、またの機会に。

1は、しばらく前に小さな本屋さんで何の気なし手に取った。内井さんの立場がどうだったかあまりよく覚えていないが、細かなエピソードなどいきいきと描かれていて面白かった。ずっと以前になるが、内井さんの著書では他に『うそとパラドックス ゲーデル論理学への道』というのを読んだことがある。バリバリの哲学者なのに、というべきか、だからというべきか、ダーウィン入門としてはマイベストである。

2は、1の中で紹介されていて面白そうだと思って。動物と倫理をどうくっつけるか。私の関心は少しずれていてきっと答えは得られないのだが、豊富な例を楽しみたい。

3は、タイトルに共感を覚えて。まだふたつの章しか読んでいないが、この本の中心概念は「クルージ」らしい。著者によれば「クルージとは技術用語であり、エレガントには程遠く無様であるにもかかわらず、驚くほど効果的な問題解決法」のことだそうである。要するに脳は、冒険野郎マクガイバーの発明品みたいなものだということか。言語もクルージだということで、最初からうまく設計していれば、言葉の多義性の問題なんか起こらずに、もっと伝達がスムーズだったろう。それはそうかもしれないが、そうするとたぶん、人類は誕生しなかったろうと私は思う。

4は、777頁という分厚さにびびって。。とても真面目に読む気がしないが、ゲシュタルト転換の関係するところだけはマークしておきたい。

5は、かなりいい本かもしれない。山梨さんはゲシュタルト転換が好きみたいだ。教科書的で読み進めるのに体力が要るが、案外私など本を書かなくても、こっちできちんとやってくれているのかもしれない。もちろん、ちゃんと読んだら読んだで、いろいろと不満が出てくるに違いないのだが…。

6は、古典。ゲシュタルト心理学の黎明、学になるかならぬか、というすれすれなところが面白い。途中何の話かよく分からなくなったが、とりあえずひととおり読んでおきたい本。

7も、古典。ある意味でシャノンの枠組みが、情報概念を規定している。そこで捨象されたものこそを私は問題にしたい。まだうまく名指せないでいるのは、そもそもの目的が異なるとはいえ、結局、シャノンをよく理解していないからかもしれない。

8は、一気に読んだ。ハイデガーの話とマッハの話。ハイデガーについては、大いなる誤解の末に、西洋哲学史をソクラテス以前の哲学者によって相対化するというところに着地する。これはこれで面白いが、マッハの方が楽しかった。政治から文学に至るまで、いろんな人がマッハの周りにくっついてくる。あれもマッハの影響、これもマッハの影響。単なる物理学者のくせに、すごすぎるぜマッハ。

9は、たぶん苦手な本。読まずに文句を言って悪いが、工学的な人間理解という印象がある。ところで、行動分析学の始祖、スキナーはマッハに影響を受けたのだそうだ。これを8と同じ日に買ったという偶然に驚きたい。

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