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2009年09月 の記事一覧

購書メモ・読書メモ 10

野家啓一編『ヒトと人のあいだ』を購入。興味の薄いところをとばしながら、半分くらい読んだ。

野家啓一による「まえがき」。人間観が文理分裂しているという現状把握に共鳴した。結論として提示されているホモ・ナランスはともかく、問題意識としては、ほとんど私の野望に重なっていると思う。

戸田山和久「『知識を自然の中に置く』とはいかなることか」が収録されている。というより、これがあったのでこの本を買ったのだと言ってよい。比較的退屈なテーマを追っているのだが、いつもながら論旨は明快で気持ちがいい。そして、この記述「被験者が内省だけによって『右の方を選んだけど、それは右の方がおいしそうだからではなくて、単に右にあったからだ』という正解に至れるか、私はほとんど無理だと思う」には、ちょっと震えが来た。ここだけをピックアップしても、何のこっちゃかもしれないのだが、これは美しい話なのだ。


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購書メモ・読書メモ 9

1 池谷裕二『単純な脳、複雑な「私」』
2 茂木健一郎/田谷文彦『脳とコンピュータはどう違うか』
3 星野力『チューリングを受け継ぐ』
4 郡司ペギオ-幸夫『生きていることの科学』
5 黒川伊保子『恋するコンピュータ』
6 野村雅昭『落語の言語学』
7 織田正吉『ジョークとトリック』

いろいろ買ったり読んだりした。引っ越して通販を使わなくなったので、逆に整理が面倒臭い。ここに挙げたのは、さいきん買った本の一部である。

1は、とりあえず売れているので。ひと通り読んだ。脳が「私」を誤解しているのか「私」が脳を誤解しているのか。最新トピックも豊富でなかなか面白かった。ダーウィン的な生物観に着地するところにだけ、私としては違和感がある。コホーネンの自己組織化マップの紹介は有難かった。

2は、大嫌いな茂木本。だが、このタイトルで私が買わない訳にはいかない。読んでみたら、したたかだった。とくに計算機について、なかなか要領よくまとめてあって感心した。余計なお世話だが、紹介に徹すればよかったのにと思う。まとめがよくもわるくも茂木節で、もったいない。この本ではないが、茂木氏がいまの心の科学の状況を錬金術になぞらえて、錬心術と呼んでいたのは上手かった。なんだかんだ言いながら、所詮、同族憎悪のようなもの。私もまた同じ穴の狢なのであろう。

3の星野さんは、Web上で名前を見かけたことがあった。ちょうど非チューリングマシン(以下、非TM)について考えていたので、その参考に購入。小説風の付録を除いて読み終わった。有名な話だが、チューリングはTMの限界を示していた。そしてドイツ軍のエニグマ暗号を解くために、チューリングボンベと呼ばれる非TMを活用した。天才だなあと思う。計算機科学の、あるいは人工知能の歴史入門としてよくできている。チューリングテストに対する記述も秀逸で、私の理解も少し変わってしまった。が、後半、非TMが単なる神秘発生装置のようになってしまった気がする。「人間-TM=?」の核心がよく分からない。仮説だけでも提示して欲しかった。

4の郡司さんは、いちど見たら忘れられない。ときどき名前を見かけてはいたが、本を読むのはこれが初めて。ちょっと癖のある対話篇で、このノリは身に覚えがある。学生時代の友人同士の怪しい議論がパワーアップしたような本だ。まだはじめの方だが、マテリアルというのがキーワードであろう。「現実-モデル=マテリアル」とでも言えばよいのだろうか。割り切れないところを取り出して、割り切ろうという趣。それはそれで面白いけど、はてさて。ほんとうのところ(現実)は、どうなのだろう。複雑系ショックの延長上にある本と見ていいのかもしれない。

5は、野心に惹かれて。ともすれば智に働きがちな人工知能の話の中で、情に棹さすのは立派である。しかし、大山鳴動して鼠一匹という気がしないでもない。言葉の語感に対する分析が主な話題で、よく見てみたら、あの有名な『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』の著者であった。これこそ私が否定せんとする、旧レトリックの権化ではあるまいか。と、攻撃するのは野暮天であろう。聴覚刺激から発音体感への転換は、著者にとってコロンブスの卵だった。それでよいではないか。1の池谷本に登場する「ブーバ・キキ試験」の謎も、つまりはこのくらいの話なのだと思う。

6は、タイトル買い。あまり期待していないが、枝雀の四分類への言及があるところに感心した。暇なときに読もう。

7は、ぜんぜん期待していなかったのだが、読んでみてたまげた。著者は転換コレクターである(ほめ言葉のつもり)。もちろん、その分析については処世訓めいていて不満もあるのだが、これは博物学的な資料として素晴らしい。やっぱり私はこういう世界が好きなのだよなあと再認識した。